2014年8月19日火曜日

第19回 ミウラート・ヴィレッジ


Miurart Village
[image: "Miurart Village" on flickr, by ida-10]


四国松山には、建築家・長谷川逸子さんが設計を手掛けた建築が点在しています。「徳丸小児科」を皮切りに、1980年代を中心に住宅やテナントビルなどが立て続けに建てられましたが、「ミウラート・ヴィレッジ」もそのひとつです。

ミウラート・ヴィレッジは私設の美術館で、三浦工業(株)の創業者であり陶芸家として活躍された故・三浦保さんの自作の陶板画や、三浦さんに共感する作家の作品が展示されています。

自然光を取り入れた展示スペース、コンクリートボックスによるアトリエ、空中に浮かぶ金属葺きのゲストハウス。能舞台の設けられたストーンサークルの置かれた庭園も屋外の展示空間として利用されています。

この美術館は、長谷川さんと三浦さんとの度重なる対話から生まれたものであるとのこと。不等辺四角形が好きだ、といった三浦さんの語りは、奥に進むにつれ少しずつ天井が高くなる空間にも反映されています。


初出:瀬戸内アーキテクチャージャーナル DOTS vol.1

設計:長谷川逸子/長谷川逸子・建築計画工房
所在地:愛媛県松山市堀江町1165-1(地図
主要用途:美術館
竣工:1998年4月

2012年9月2日日曜日

第18回 今治市伊東豊雄建築ミュージアム


Toyo Ito Museum of Architecture, Imabari
[image: "Toyo Ito Museum of Architecture, Imabari" on flickr, by ida-10]


Toyo Ito Museum of Architecture, Imabari
[image: "Toyo Ito Museum of Architecture, Imabari" on flickr, by ida-10]


Toyo Ito Museum of Architecture, Imabari
[image: "Toyo Ito Museum of Architecture, Imabari" on flickr, by ida-10]



今治市伊東豊雄建築ミュージアムは、建築家・伊東豊雄の作品を展示する「スティールハット」と、伊東豊雄氏の旧・自邸「シルバーハット」の2棟から構成されるミュージアムで、大三島の海沿いの丘の上、瀬戸内海の島々を背景に建てられています。

「スティールハット」は4種類の多面体を組み合わせて構成された建築です。建物の外部・内部とも壁が傾斜することで、壁・床・天井の区別があいまいな、不思議な空間が生み出されています。「斜めの壁」という展示室としては思い切った作られ方をしているのは、建築家本人の名を冠するミュージアムならではでしょう。
「シルバーハット」は、東京・中野に建てられていたかつての伊東氏本人の自邸(1984年)が再生されたものです。大小のアーチ状の軽やかな屋根が載る建物で、アーカイブ・ワークショップ棟として利用されています。


このミュージアムは、当初、近くに建てられている「ところミュージアム大三島」名誉館長である所篤夫氏が、自らのコレクションを寄贈するミュージアムとして、伊東氏に設計を依頼したものでした。それからプロジェクトが二転三転する間、伊東氏が若い建築家を育てるための塾をつくりたいことを話すと「それならばここでやればいいじゃないか」と所氏らがおっしったことが、このミュージアム建設に繋がったということです。(※)

伊東氏は「せんだいメディアテーク」(宮城県仙台市)などを手掛けた、世界的にも有名な建築家の一人ですが、建築家個人の作品を展示する、建築家本人の手によるミュージアムというのは、日本国内でも前例がありません。 このミュージアムは伊東氏を中心とした様々な建築関連の活動の拠点として利用されており、これからのミュージアムのあり方としての可能性を感じることができます。

※参考:今治市伊東豊雄ミュージアム「新たなる船出」p.6 (2011)


設計:伊東豊雄/伊東豊雄建築設計事務所
所在地:愛媛県今治市大三島町浦戸2418(地図
瀬戸内海交通「ところミュージアム」停留所から徒歩約3分
主要用途:展示場
「スティールハット」
構造:鉄骨造、一部鉄筋コンクリート造
階数:地上2階
建築面積:194.92㎡
延床面積:168.99㎡
「シルバーハット」
構造:鉄筋コンクリート造一部鉄骨造
階数:地上2階
建築面積:168.32㎡
延床面積:188.32㎡
竣工:2011年
敷地面積:6295.36㎡

2012年3月31日土曜日

第17回 今治市公会堂

Imabari City Hall
[image: "Imabari City Hall" on flickr, by ida-10]


Imabari City Hall

[image: "Imabari City Hall"on flickr, by ida-10]


今治にある丹下健三の建築の一つとして「今治市庁舎」を取り上げましたが、今治市公会堂はその今治市庁舎と向かい合って建つ多目的ホールです。

今治市公会堂では、当時の新しい構造形式であった折板構造が採用されています。折板構造とは、壁などの面をジグザグに折り曲げることで強度を増す構造形式のことです。例えば一枚の紙でも、ジグザグに折り曲げることで屏風のように自立させることが可能になりますが、今治市公会堂ではこの考え方を鉄筋コンクリートの壁に応用することで、コンサート等にも使用できるような大空間を成立させています。

今治市公会堂では、この折板構造の採用によって、その構造上の特徴がそのまま、リズミカルで存在感のある壁面の造形としても表わされています。ここには構造と意匠とを兼ね備えた構造美をみてとることができます。

2013年には前年から行われた改修工事が完了し、耐震化や音響・空調設備の改修、母子鑑賞室の新設、座席幅の拡張などが施されました。



設計:丹下健三(東京大学 丹下健三計画研究室・坪井善勝研究室)
所在地:愛媛県今治市別宮1-4-1(地図
主要用途:公会堂
構造:鉄筋コンクリート造
階数:地上2階
竣工:1958年
延床面積:2,271㎡

2012年3月25日日曜日

第16回 今治市庁舎

Imabari City Hall Complex

[image: "Imabari City Hall Complex" on flickr, by ida-10]



Imabari City Hall
[image: "Imabari City Hall" on flickr, by ida-10]




愛媛県今治市には、建築界の巨匠、丹下健三が設計した数多くの建築が現存しています。

大阪府で生まれた丹下健三が、父の出身地である今治に移り住んだのが7歳の時。それから少年-青年期を今治で過ごした丹下にとって今治は故郷ともいえる土地であり、その縁で多数の建築が丹下によって手掛けられることになります。「今治市庁舎」もそうした建築のひとつです。


中学に入ってから、父が別宮という静かな住宅地に新しい家を建てた。[中略]新しい家の筋向かいは、代々庄屋さんの田坂家であった。ご三男が中学の先輩で、しょっちゅう声を掛けて下さったが、この方がのちに今治市長になられた田坂敬三郎さんである。
市長の時代に、「今治にも、何か建ててほしい」と再三誘われ、昭和三十二年に、市庁舎の設計をさせて頂いている。

丹下健三「一本の鉛筆から」(日本経済新聞社、1985年)p.18


この建築デザインの特徴のひとつとして、ファサード(建物の正面)に角度を付けて設けられた、立体格子(ブリーズ・ソレイユ)が挙げられます。このブリーズ・ソレイユは、表情に陰翳を与えながら、市庁舎の執務空間への日除けとして機能しています。

壁面をジグザグさせることで強度を増す折板構造が用いられているのも大きな特徴です。この構造の採用により、現代のオフィス空間では当たり前のように取り入れられるようになった無柱の空間を実現しています。ファサードのデザインと、地震国日本の構造上の条件とを両立させているといえるでしょう。

また、この場所には今治市庁舎のみならず、時を同じくして建てられた今治市公会堂(1958年)と今治市民会館(1965年)がコの字型に並んで配置され、これらの建物に囲まれた外部空間を市民広場として開放するという計画がなされています。これらの建物による計画は、この時代に「都市のコア(核)」として広まった都市デザインの手法が取り入れられたもので、建築単体だけではなく、建築と都市のあり方を考えた丹下の思考が見てとれるようです。



設計:丹下健三(東京大学 丹下健三計画研究室・坪井善勝研究室)
所在地:愛媛県今治市別宮1-4-1(地図
主要用途:市庁舎
構造:鉄筋コンクリート造
階数:地上3階
竣工:1958年
延床面積:4,186㎡

2010年1月2日土曜日

第15回 ラフォーレ原宿・松山

LAFORET HARAJUKU MATSUYAMA
[image: "LAFORET HARAJUKU MATSUYAMA" on flickr, by ida-10]



LAFORET HARAJUKU MATSUYAMA
[image:"LAFORET HARAJUKU MATSUYAMA" on flickr, by ida-10]




ラフォーレ原宿・松山は、1983年にオープンし、2008年1月に閉館したファッションビルです(東京・原宿の商業施設「ラフォーレ原宿」の系列)。松山市の中心商店街である「大街道」の入り口に位置し、賑わいを見せていた施設のひとつで、松山の若者を中心とした待ち合わせスポットとしても定着しています。

それだけに、松山の人々にとってラフォーレ原宿・松山の閉館は衝撃的な出来事でした。大街道商店街の人通りも、閉館後から減少したという報告もみられます。


この建物の閉館については、所有者(のひとつ)から次のようなリリースがありました。

当館の建物は、最も旧い部分(第一期部分)で昭和43年築となり、いわゆる旧耐震設計に基づく建築物です。このたび、耐震診断を実施した結果、当社といたしましては、ご入居者(テナント)ならびにご来館されるお客様の安全確保の観点から、当館の営業を継続するべきではないと判断いたしました。
森ビル株式会社 プレスリリースより(※現在リンク切れ)


また、この建物の閉館後については、取り壊しの上、新たな施設の建設を計画している模様です。

閉館した松山市一番町の商業施設「ラフォーレ原宿・松山」の跡地利用について、運営会社の森ビル(東京)が、新たな商業施設の建設計画に着手することが分かった。計画案の中には、商業施設とホテルを合わせた地上13階建ての複合ビルも含まれている模様。

毎日新聞 2009年11月27日 より(※現在リンク切れ)


2010年現在は、取り壊しを待っている状況です。新たな商業施設の建設が待たれていますが、このオレンジ色の外観が見られなくなるのもそう遠い話ではないでしょう。現在見られる外観デザインは2003年の改装によるもので、愛媛のみかんを思わせるオレンジのストライプが、キャッチーでインパクトのある表情を生み出しています。


2013年追記
2008年に閉館したファッションビル「ラフォーレ原宿・松山」の跡地利用で、事業主体の森ビル(東京)が今秋までに建物を取り壊し、大幅に遅れていた再開発を進める方針であることが17日、複数の関係者の話で分かった。[中略] 9月末にもビル解体に着手する方針という。森ビルは「13年度中に解体に着手、15年の完成を目標に進めている」と説明。現時点で地上13階建ての商業施設とホテルの複合施設を検討している。

「建物解体9月にも、地権者と合意間近 松山ラフォーレ跡」愛媛新聞 2013年4月18日 より


2015年追記
松山市中心街の「ラフォーレ原宿・松山」跡地で26日、複合商業施設「AEL MATSUYAMA(アエル松山)」が全面開業する。(略)ビルは鉄骨13階建て、延べ約1万1千平方メートル。1、2階の商業施設には250ブランド以上の服や靴などを扱うセレクトショップや、書籍・雑貨店などが入る。西日本初出店となるイタリアンレストラン「セラフィーナニューヨーク」では、愛媛甘とろ豚や県産ミカンなどを使った松山限定メニューも登場。3、4階には「日本セレモニー」(山口県下関市)が運営する結婚式場が入る。

「愛媛)アエル松山、きょう全面オープン」朝日新聞デジタル 2015年8月26日 より



改装デザイン:クライン ダイサム アーキテクツ(KDa)
改装:2003年
所在地:愛媛県松山市一番町2−3(地図
主要用途:商業施設