2012年3月31日土曜日

第17回 今治市公会堂

Imabari City Hall
[image: "Imabari City Hall" on flickr, by ida-10]


Imabari City Hall

[image: "Imabari City Hall"on flickr, by ida-10]


今治にある丹下健三の建築の一つとして「今治市庁舎」を取り上げましたが、今治市公会堂はその今治市庁舎と向かい合って建つ多目的ホールです。

今治市公会堂では、当時の新しい構造形式であった折板構造が採用されています。折板構造とは、壁などの面をジグザグに折り曲げることで強度を増す構造形式のことです。例えば一枚の紙でも、ジグザグに折り曲げることで屏風のように自立させることが可能になりますが、今治市公会堂ではこの考え方を鉄筋コンクリートの壁に応用することで、コンサート等にも使用できるような大空間を成立させています。

今治市公会堂では、この折板構造の採用によって、その構造上の特徴がそのまま、リズミカルで存在感のある壁面の造形としても表わされています。ここには構造と意匠とを兼ね備えた構造美をみてとることができます。

2013年には前年から行われた改修工事が完了し、耐震化や音響・空調設備の改修、母子鑑賞室の新設、座席幅の拡張などが施されました。



設計:丹下健三(東京大学 丹下健三計画研究室・坪井善勝研究室)
所在地:愛媛県今治市別宮1-4-1(地図
主要用途:公会堂
構造:鉄筋コンクリート造
階数:地上2階
竣工:1958年
延床面積:2,271㎡

2012年3月25日日曜日

第16回 今治市庁舎

Imabari City Hall Complex

[image: "Imabari City Hall Complex" on flickr, by ida-10]



Imabari City Hall
[image: "Imabari City Hall" on flickr, by ida-10]




愛媛県今治市には、建築界の巨匠、丹下健三が設計した数多くの建築が現存しています。

大阪府で生まれた丹下健三が、父の出身地である今治に移り住んだのが7歳の時。それから少年-青年期を今治で過ごした丹下にとって今治は故郷ともいえる土地であり、その縁で多数の建築が丹下によって手掛けられることになります。「今治市庁舎」もそうした建築のひとつです。


中学に入ってから、父が別宮という静かな住宅地に新しい家を建てた。[中略]新しい家の筋向かいは、代々庄屋さんの田坂家であった。ご三男が中学の先輩で、しょっちゅう声を掛けて下さったが、この方がのちに今治市長になられた田坂敬三郎さんである。
市長の時代に、「今治にも、何か建ててほしい」と再三誘われ、昭和三十二年に、市庁舎の設計をさせて頂いている。

丹下健三「一本の鉛筆から」(日本経済新聞社、1985年)p.18


この建築デザインの特徴のひとつとして、ファサード(建物の正面)に角度を付けて設けられた、立体格子(ブリーズ・ソレイユ)が挙げられます。このブリーズ・ソレイユは、表情に陰翳を与えながら、市庁舎の執務空間への日除けとして機能しています。

壁面をジグザグさせることで強度を増す折板構造が用いられているのも大きな特徴です。この構造の採用により、現代のオフィス空間では当たり前のように取り入れられるようになった無柱の空間を実現しています。ファサードのデザインと、地震国日本の構造上の条件とを両立させているといえるでしょう。

また、この場所には今治市庁舎のみならず、時を同じくして建てられた今治市公会堂(1958年)と今治市民会館(1965年)がコの字型に並んで配置され、これらの建物に囲まれた外部空間を市民広場として開放するという計画がなされています。これらの建物による計画は、この時代に「都市のコア(核)」として広まった都市デザインの手法が取り入れられたもので、建築単体だけではなく、建築と都市のあり方を考えた丹下の思考が見てとれるようです。



設計:丹下健三(東京大学 丹下健三計画研究室・坪井善勝研究室)
所在地:愛媛県今治市別宮1-4-1(地図
主要用途:市庁舎
構造:鉄筋コンクリート造
階数:地上3階
竣工:1958年
延床面積:4,186㎡

2010年1月2日土曜日

第15回 ラフォーレ原宿・松山

LAFORET HARAJUKU MATSUYAMA
[image: "LAFORET HARAJUKU MATSUYAMA" on flickr, by ida-10]



LAFORET HARAJUKU MATSUYAMA
[image:"LAFORET HARAJUKU MATSUYAMA" on flickr, by ida-10]




ラフォーレ原宿・松山は、1983年にオープンし、2008年1月に閉館したファッションビルです(東京・原宿の商業施設「ラフォーレ原宿」の系列)。松山市の中心商店街である「大街道」の入り口に位置し、賑わいを見せていた施設のひとつで、松山の若者を中心とした待ち合わせスポットとしても定着しています。

それだけに、松山の人々にとってラフォーレ原宿・松山の閉館は衝撃的な出来事でした。大街道商店街の人通りも、閉館後から減少したという報告もみられます。


この建物の閉館については、所有者(のひとつ)から次のようなリリースがありました。

当館の建物は、最も旧い部分(第一期部分)で昭和43年築となり、いわゆる旧耐震設計に基づく建築物です。このたび、耐震診断を実施した結果、当社といたしましては、ご入居者(テナント)ならびにご来館されるお客様の安全確保の観点から、当館の営業を継続するべきではないと判断いたしました。
森ビル株式会社 プレスリリースより(※現在リンク切れ)


また、この建物の閉館後については、取り壊しの上、新たな施設の建設を計画している模様です。

閉館した松山市一番町の商業施設「ラフォーレ原宿・松山」の跡地利用について、運営会社の森ビル(東京)が、新たな商業施設の建設計画に着手することが分かった。計画案の中には、商業施設とホテルを合わせた地上13階建ての複合ビルも含まれている模様。

毎日新聞 2009年11月27日 より(※現在リンク切れ)


2010年現在は、取り壊しを待っている状況です。新たな商業施設の建設が待たれていますが、このオレンジ色の外観が見られなくなるのもそう遠い話ではないでしょう。現在見られる外観デザインは2003年の改装によるもので、愛媛のみかんを思わせるオレンジのストライプが、キャッチーでインパクトのある表情を生み出しています。


2013年追記
2008年に閉館したファッションビル「ラフォーレ原宿・松山」の跡地利用で、事業主体の森ビル(東京)が今秋までに建物を取り壊し、大幅に遅れていた再開発を進める方針であることが17日、複数の関係者の話で分かった。[中略] 9月末にもビル解体に着手する方針という。森ビルは「13年度中に解体に着手、15年の完成を目標に進めている」と説明。現時点で地上13階建ての商業施設とホテルの複合施設を検討している。

「建物解体9月にも、地権者と合意間近 松山ラフォーレ跡」愛媛新聞 2013年4月18日 より


2015年追記
松山市中心街の「ラフォーレ原宿・松山」跡地で26日、複合商業施設「AEL MATSUYAMA(アエル松山)」が全面開業する。(略)ビルは鉄骨13階建て、延べ約1万1千平方メートル。1、2階の商業施設には250ブランド以上の服や靴などを扱うセレクトショップや、書籍・雑貨店などが入る。西日本初出店となるイタリアンレストラン「セラフィーナニューヨーク」では、愛媛甘とろ豚や県産ミカンなどを使った松山限定メニューも登場。3、4階には「日本セレモニー」(山口県下関市)が運営する結婚式場が入る。

「愛媛)アエル松山、きょう全面オープン」朝日新聞デジタル 2015年8月26日 より



改装デザイン:クライン ダイサム アーキテクツ(KDa)
改装:2003年
所在地:愛媛県松山市一番町2−3(地図
主要用途:商業施設

2009年11月6日金曜日

第14回 愛媛教育会館

Ehime Education Hall
[image: "Ehime Education Hall" on flickr, by ida-10]



Ehime Education Hall
[image: "Ehime Education Hall" on flickr, by ida-10]



Ehime Education Hall
[image: "Ehime Education Hall" on flickr, by ida-10]



Ehime Education Hall
[image: "Ehime Education Hall" on flickr, by ida-10]



この建築の特徴を捉えるにあたり、まず、建築の「様式」について見ていきたいと思います。

世界各地の建築には、それぞれの地域の宗教、気候、文化、社会的な要請等、様々な背景から多種多様な「様式」が生み出されています。そうした様式は歴史的にも変化を続け、例えば西洋建築を取り上げても、ゴシック、ルネサンス、バロック…など歴史の流れに伴って様式が変化していることが見て取れます。

そうした様式に世界的に大きな変化が訪れたのが、19世紀末から20世紀にかけての近代化に伴って登場した「モダニズム建築」と呼ばれるものです。日本では明治時代から大正時代に当たりますが、この時代には日本にも鉄筋コンクリートの技術が伝来し、現代の建物にも通じる近代的な建築が建設されるようになりました。つまり、白くて装飾の無い「箱」のような「モダニズム建築」が日本でも見られるようになりました。

しかし昭和に入り、日本ではこのモダニズム建築に対抗した様式が見られるようになりました。1930年代の一時期にみられる「帝冠様式(ていかんようしき、帝冠式とも)」です。帝冠様式は、明治以降に建てられるようになった、鉄筋コンクリート造の「モダニズム建築」の上に、日本的な「瓦屋根」を乗せた様式で、代表的なものに、東京・上野の東京国立博物館などが挙げられます。

昭和に入ってから帝冠様式が見られるようになった理由には諸説ありますが、「鉄筋コンクリート+瓦屋根」という外観からちょっと変わった印象を受けるのは確かです。

前置きが長くなりましたが、「愛媛教育会館」もそうした帝冠様式の特性を受け継ぐ貴重な建築といえます。現代的な「箱」の上に屋根が乗せられた外観。建てられたのも1937年ですから、帝冠様式が建てられた時代にちょうど合致します。

しかし、この愛媛教育会館は他の帝冠様式の建築とは少し異なっているようです。

というのも、この建築は「木造」による建築だからです。帝冠様式は「鉄筋コンクリート造」である、というお約束がありました。この建築もパッと見たところ鉄筋コンクリート造の建築に見えますが、実際は木造であるようです。さらに細かく見ると、屋根も「瓦」屋根ではなく金属板によるものです。

このように見ると、「帝冠様式」と見せかけて実は木造3階建ての建築、という愛媛教育会館はなかなか珍しい建築であるといえそうです。階段まわり、ホール、装飾的な照明など内部にも見所がいっぱいです。



設計:浅香了輔(愛媛県技師)
所在地:松山市北持田町131-1(地図
主要用途:行政施設
階数:地上3階
竣工:1937年
登録有形文化財

2009年9月29日火曜日

第13回 愛媛県美術館

The Museum of Art, Ehime
[image: "The Museum of Art, Ehime" on flickr, by ida-10]



The Museum of Art, Ehime
[image:"The Museum of Art, Ehime" on flickr, by ida-10]



The Museum of Art, Ehime
[image: "The Museum of Art, Ehime" on flickr, by ida-10]



愛媛県美術館は、松山城跡内(三之丸)にある美術館です。ここに美術館が建てられる前は、丹下健三が設計した「愛媛県民館(1953年竣工)」が建っていました。丹下健三設計の建築が取り壊されたことは残念ですが、その跡地に建てられたこの愛媛県美術館も、見所の多い建築です。

エントランスロビーの空間、そこには設計者が「宝石箱」と見立てた展示室が空中に浮かび、浮かんでいる展示室と展示室の間を通路が繋いでいます。

この建築は周辺の環境をうまく利用した建築ともいえます。まず、エントランスロビーを入った正面には樹齢130年を超えるクスノキが茂っていて、空間はその木々を中心として構成されています。この美術館を訪れるとどこか落ち着く気がするのは、このクスノキの存在によるところが大きいように思います。また、2階の展望ロビーからは、目の前に広がる城山の緑と松山城を見渡すことができます(「愛媛県庁舎」も見えます)。

展示構成としては、モネやボナールなどの常設展が中心となっています。郷土出身のグラフィックデザイナー、杉浦非水のコレクションや足あとが充実しているのも特筆すべきでしょう。


設計:愛媛県土木部+日建設計
所在地:松山市堀之内(地図
主要用途:美術館
構造:プレキャストコンクリート圧着工法、鉄筋コンクリート造、鉄骨造
階数:地下1階、地上3階
竣工:1998年
建築面積:3,519m2
延床面積:10,920m2

利用案内:
開館時間:9:40~18:00 (入室は17:30まで)
閉館日:月曜日(ただし毎月第一月曜日は開館、翌火曜日が休館)、年末年始
外部リンク:愛媛県美術館